広報誌「コープみらい」2024年6月号

コープみらいの広報誌「コープみらい」をご紹介します。生活協同組合コープみらい


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エピソード45ボランティアの意味コープデリグループの組合員数は約530万人。組合員の皆さんの数だけ、物語がある。その物語を毎月一つお届けしていきます。描いているのは皆さんのくらしとコープデリの接点。あなたの物語はどんな物語ですか。2024年1月1日に令和6年能登半島地震が発生、大きな被害を受けた石川県の生協であるコープいしかわへの援助のため、日※本生協連が舵かじを取り、全国の生協職員がリレー式でボランティア活動に訪れた。837歳の加藤雄太郎さんは、1歳でとちぎコープに入職し19年が経つ。人生の半分、コープで仕事をしてきた。現在は宅配の安全運転トレーナーで、職員への安全運転教育や研修、同乗指導、ドライブレコーダーの点検などが普段の仕事だ。加藤さんは今回、コープいしかわの宅配業務を支援するボランティア第2陣として約1週間を現地で活動した。1日の日曜日から金沢市「1月2に滞在し、翌日から5日間毎朝車で約1時間半かけて、のとセンター(七尾市)へ通いました。想像していたよりも被害の範囲は広かった。まだ震度4くらいの余震も起きていました。派遣された地域はもっとも被害の大きい町ではなかったのに、地割れや、部屋の中がめちゃくちゃになってしまった家屋などもありました」加藤さんの主な役割は、コー0代女性職員・新しんプいしかわの3さんの配達同乗だった。新さん自身も被災して避難所生活を送っており、避難所から宅配センターへ通勤していた。加藤さillustration:MaikoDakeんのボランティア初日が、新さんの仕事復帰日でもあった。「新さんは、前向きでとても明るい人でした。前職が介護職で、避難所では介護のお手伝いもしていたようです。毎週会っていた組合員の皆さんが被災しているので心配で、この日から仕事に戻ったということでした」新さんは「自分も復帰初日だから、仕事を手伝ってもらえてとても心強い」と加藤さんに言った。………§………配達エリアは地割れで通行止めの道もあり、200メートルくらい離れたところにトラックを止めることもあった。加藤さんは主に配達する商品を運び、新さんの仕事を手伝った。「配達と同時に、組合員の皆さんにペットボトルの水を配っていました。配達したエリアは断水はしていなかったのですが、水道水はまだ飲まないでくださいと言われていました。それなのに、先々で水を差し上げようとすると、多くの組合員さんが『断水しているエリアの方々がもっと大変だから、そちらに持って行ってあげて』といって断るんです。人に対しての思いやりの気持ちを目のあたりにしました。組合員の皆さんは、新さんのことを心配していて、『大丈夫だった?』といった会話がほとんどでした」新さんを含め、のとセンターの職員たちは全体的に明るかった。「単純にすごいな、みんな強いなって思いました」と加藤さんは回想する。5日間のボランティア活動を終え、加藤さんは土曜日に自宅へ帰った。そもそも、加藤さんがボランティア活動を始めたのは、2011年東日本大震災発生後のことだった。「宮城県南三陸町に友達がいて、コープ職員としても行ったし、個人的にも複数回ボランティア活動で訪れました。そのときも今回も、自分が行ったところでどうにかなるとは思いません。だけど、自分のためでもあるんです。万が一身近なところで自然災害が起きたとしても、きちんと行動できる自分でありたいんです」加藤さんはそう言って、少し恥ずかしそうに笑った。人のやさしさや強さを間近に見て触れて、人間は成長できるのだと考える加藤さんは、それだけですでに素敵な人だ。※……日本各地の生活協同組合や生協連合会が加入する全国連合会。正式名称は日本生活協同組合連合会過去の物語もこちらから読めますあなたのエピソードをお寄せください。コープ職員との心に残る出来事を随時募集しています。氏名・電話番号・組合員コードを記入し、郵便(〒336-8526埼玉県さいたま市南区根岸1-4-13コープデリ連合会コミュニケーション推進部宛)か、左記のWeb応募フォームよりお送りください。♦実際にあったコープに関わる人と人との交流を取材し、読み物の形にまとめています。登場する人物の名前は仮名の場合があります。イラストはイメージです。07


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